3年ぶりとなるフルマラソン!
2018/10/28
茨城県水戸市
2015年、勝田の地にて42キロという大きな壁にはじき返されて早3年、私はまた、この場所に帰ってきてしまった…
そう。私は愚かにも再び、マラソン大会にエントリーしてしまったのです!
子供のころから水泳でも陸上でも、短距離なら大の得意だったのですが、長距離となるとまるでダメで、その頃から31歳まで全く興味を持たなかったマラソン。
あるとき妹が勝田マラソンにエントリーすると言い出したのを聞いて、無駄に対抗意識を燃やした私は、たった3か月の練習期間で初のマラソンに挑戦したのでした。
その時は5時間30分くらいでゴールした覚えがあります。
やっている人たちからすれば遅すぎるタイムですし、30キロ過ぎからは痛む膝や足を引きずるように歩いてゴールを目指したのですが、曲がりなりにも42キロを移動しきったという達成感から、その後何度かマラソンに出ることとなりました。
4度目のマラソン挑戦となった2015年に、腰と膝の痛みから初めてリタイヤバスに乗ることとなってしまい、あの何とも言えない屈辱感を味わった私は、その後10キロなどのレースにエントリーすることはあっても、マラソンからは離れてしまっていました。
2017年に黄門漫遊マラソンを沿道で応援する機会があり、雨の中ランナーの皆さんに声をかけていたのですが、皆さんの頑張る姿に、やっぱりもう一度挑戦してみたくなった私は再びマラソンにエントリーすることとなったのです。
練習は週に1度、12~3キロをゆっくり走るくらいしか出来ませんでしたが、とにかく自分自身が苦手としている長距離走をどこまでやれるのか、もう一度試してみたくなったのです。
幸い、強く雨が降って開催が危ぶまれていた去年とは違い、お天気も良くどちらかというと暖かいなか、いつも配達で車を走らせている南町の大通りにあるスタート地点へと向かいました。
旧県庁では予想タイムと一緒に記念写真を撮ることができるブースや、様々な屋台が並んでいます。
私は見ることはできませんでしたが、ステージが設置されていてイベントも行われていたようです。
荷物置き場は旧県庁の隣にある三の丸小学校に設置されていましたが、ゼッケンに応じてA、B、C…と受付場所が何か所にも分かれて指定され、その指定されている場所に荷物を預けるシステムになっており、入り口が1か所設置されている勝田マラソンの荷物置き場と比べると混雑が少なく、スマートに荷物を預けることができたように感じます。
旧県庁に設置されていたトイレにはものすごい数の人たちが並んでいましたが、設置されているトイレのほかにも近辺の多くのお店やコンビニに「漫遊マラソン・トイレ」の看板がいくつも表示されていて、トイレをお借りすることができました。
前回…というか毎回足腰に不調が出ているために、少しでも軽量化を図ろうとスマホも時計も預けてスタート地点に向かってしまったために、残念ながら写真がほとんど残っていないのですが、今このブログを更新しながらスマホを持っていなかったことをふつふつと後悔しているところです(結局足は痛くなりましたし)。
あのスタート地点沿道のたくさんの応援の方たちの映像はお見せしたかったです!
マンションの2階や3階、非常階段などにもたくさんの人たちがこちらに向かって手を振っています。
天気もよく、青空の下スタートの号砲を聞くこととなりました。
南町の大通りから大工町交差点を経て、世界で2番目に大きい都市公園だといわれている千波公園のシンボルでもある千波湖の景色を左に眺めながら旧6号国道を県庁向かって走っていきます。
沿道の商店やディーラーの前にはそれぞれの社員の方たちが旗を振って応援してくださっています。
そのまま行くと、左手には1999年に800億円をかけて竣工した茨城県庁が見えてきます。
ドラマ「白い巨塔」や「相棒」、映画「半落ち」や「県庁の星」などのロケ地としても使われたというご立派な建物です。
まだこの辺りでは7~8キロ地点あたりでしょうか。
友人が沿道から撮影してくれた写真が送られてきました。

まだ元気そうですね。
ここから、ランナーたちは健康ランド「ご老公の湯」や「水戸市植物公園」、ホーリーホックの本拠地である「ケーズデンキスタジアム」を経由して22キロ地点にある「イオンモール水戸内原」を目指します。
ここまで、「イオンモール水戸内原」の手前を走る常磐自動車道と常磐線を超える2か所の高架がある以外にはほとんどアップダウンはありません。
ここから5キロ程度は郊外の開けた田園地帯を進みますが、この辺りから膝が、ハムストリングが、腰が、次々に悲鳴を上げ始めます。
今回は「今度こそは歩かない!」という目標を掲げて挑んだマラソン大会ですが、痛みが容赦なく襲ってくるため、臨時ルールとして「ストレッチなどで停止することは許可」ルールに変更し、よちよちながらも走り続けます。
30キロ地点の前後にゆるやかなアップダウンがありました。この下りが私には一番辛かった!
あまりの膝の痛さに後ろ向きになって坂を下りて行き、無事に痛みを抑えて下りきったのはよかったのですが、下り終わったところで今度は猛烈なこむら返り!!
このセクションでは嫁が子供たちと一緒に応援してくれていました。
その嫁から写真が送られてきました。

周りのランナーたちも歩き始めている中、とりあえず形だけは走っているスタイルを必死で維持しているのがお分かりいただけるでしょうか?
30キロ地点を過ぎ、好文橋を下ると、千波湖外周を一周します。
先ほどあれだけ痛んだ膝や腰ですが、ここでは道路にゴムが張られていて(タータンっていうんですか?)ある程度衝撃を吸収してくれているからなのか、痛みがあまりなくなりました。
一番つらい30キロ過ぎの地点でこれはありがたい、と思いながらもこの辺りでだんだん時間が気になってきます。
走っているとはいえ、ほとんど歩いているのとスピードは変わりません。
腕時計を外して来てしまったのが後悔されます。
千波湖を一周して千波大橋へ向かう途中、千波大橋のたもとの千波湖外周のところに時計が設置されているのを思い出し、走りながら時計を見ると、時間は午後2時25分。走り始めてから5時間25分が経過しています。
橋を渡った先にある第4関門は2時30分に閉鎖されるとのこと。
あと5分で到達できるのか。
そもそも、この屋外の時計はちゃんと合っているのか…
不安が頭をよぎる中、必死で千波大橋のゆるい上り坂を上がっていきます。
橋を渡りきり左へ曲がると、今度は緩やかな下りの先に第4関門が見えてきます。
その傍には漫遊マラソンのブルゾンを着た係員が大きく手を振りながら何か大声でこちらに向かって叫んでいました。
「あと1分で関門が閉鎖されまーす!!」
「…マジすか!?」
必死で動かない足を前に進めます。
…こんなところで強制的にリタイヤさせられたら、何のために38キロも走ってきたんだ!何のために8000円も払ったんだ!!
私がその関門を超えた時、そのそばに設置してあった時計は残り30秒を示していました。
「…間に合った…!!」
私の周りでもぎりぎりで関門をクリアしたランナーたちから自然と拍手が沸き上がります。
後ろを振り返ると、時間を超えてしまったランナーたちを漫遊マラソンのスタッフたちがせき止めている光景が見えました。
ランナーたちは、少し離れたところに停車しているバスに誘導されていきました。
あと一歩遅ければ、その中に自分もいたかもしれない。
本当にほっとしました。
第4関門をクリアすると、トンネルをくぐってあとはゴールに向かって坂を上るだけです。
ゴールが近づくにつれて、多くの応援する人たちが沿道から声をかけてくれました。
本当にこんな最後の最後のランナーがゴールするまで沿道でずっとランナーたちを励ましてくれたのかと思うと、ありがたくて涙が出そうになります。
無事に5時間57分(ネットタイム)で「FINISH」と書かれたゲートをくぐることができました。
普段から配達で走り回っている地域を走ることができたのも楽しかったですが、最後の最後まで車道を通行止めにして走らせてもらえたのもありがたかったです。
ほかのマラソンではたいてい、時間が過ぎると歩道に誘導されてしまうものですが、やっぱりせっかくですので車道を走りたいですし、歩道は走りにくいですしね(まぁ、私がもっと早く走れよってゆー話ですが。。。)。
地元なだけに、沿道やランナーの中に知っている顔を見つけられたのも楽しかったです。
走っている最中に、同じく出走していたイトコとも遭遇。
お互いエントリーしていたのは知らなかったのでびっくりでしたが、健闘を称えあいました(私よりもはるかに早くゴールしていましたが…)。

辛かったけど、やっぱり体を動かすのは楽しい!!
またいろいろなことに挑戦してみたくなった一日でした!!
2015年、勝田の地にて42キロという大きな壁にはじき返されて早3年、私はまた、この場所に帰ってきてしまった…
そう。私は愚かにも再び、マラソン大会にエントリーしてしまったのです!
子供のころから水泳でも陸上でも、短距離なら大の得意だったのですが、長距離となるとまるでダメで、その頃から31歳まで全く興味を持たなかったマラソン。
あるとき妹が勝田マラソンにエントリーすると言い出したのを聞いて、無駄に対抗意識を燃やした私は、たった3か月の練習期間で初のマラソンに挑戦したのでした。
その時は5時間30分くらいでゴールした覚えがあります。
やっている人たちからすれば遅すぎるタイムですし、30キロ過ぎからは痛む膝や足を引きずるように歩いてゴールを目指したのですが、曲がりなりにも42キロを移動しきったという達成感から、その後何度かマラソンに出ることとなりました。
4度目のマラソン挑戦となった2015年に、腰と膝の痛みから初めてリタイヤバスに乗ることとなってしまい、あの何とも言えない屈辱感を味わった私は、その後10キロなどのレースにエントリーすることはあっても、マラソンからは離れてしまっていました。
2017年に黄門漫遊マラソンを沿道で応援する機会があり、雨の中ランナーの皆さんに声をかけていたのですが、皆さんの頑張る姿に、やっぱりもう一度挑戦してみたくなった私は再びマラソンにエントリーすることとなったのです。
練習は週に1度、12~3キロをゆっくり走るくらいしか出来ませんでしたが、とにかく自分自身が苦手としている長距離走をどこまでやれるのか、もう一度試してみたくなったのです。
幸い、強く雨が降って開催が危ぶまれていた去年とは違い、お天気も良くどちらかというと暖かいなか、いつも配達で車を走らせている南町の大通りにあるスタート地点へと向かいました。
旧県庁では予想タイムと一緒に記念写真を撮ることができるブースや、様々な屋台が並んでいます。
私は見ることはできませんでしたが、ステージが設置されていてイベントも行われていたようです。
荷物置き場は旧県庁の隣にある三の丸小学校に設置されていましたが、ゼッケンに応じてA、B、C…と受付場所が何か所にも分かれて指定され、その指定されている場所に荷物を預けるシステムになっており、入り口が1か所設置されている勝田マラソンの荷物置き場と比べると混雑が少なく、スマートに荷物を預けることができたように感じます。
旧県庁に設置されていたトイレにはものすごい数の人たちが並んでいましたが、設置されているトイレのほかにも近辺の多くのお店やコンビニに「漫遊マラソン・トイレ」の看板がいくつも表示されていて、トイレをお借りすることができました。
前回…というか毎回足腰に不調が出ているために、少しでも軽量化を図ろうとスマホも時計も預けてスタート地点に向かってしまったために、残念ながら写真がほとんど残っていないのですが、今このブログを更新しながらスマホを持っていなかったことをふつふつと後悔しているところです(結局足は痛くなりましたし)。
あのスタート地点沿道のたくさんの応援の方たちの映像はお見せしたかったです!
マンションの2階や3階、非常階段などにもたくさんの人たちがこちらに向かって手を振っています。
天気もよく、青空の下スタートの号砲を聞くこととなりました。
南町の大通りから大工町交差点を経て、世界で2番目に大きい都市公園だといわれている千波公園のシンボルでもある千波湖の景色を左に眺めながら旧6号国道を県庁向かって走っていきます。
沿道の商店やディーラーの前にはそれぞれの社員の方たちが旗を振って応援してくださっています。
そのまま行くと、左手には1999年に800億円をかけて竣工した茨城県庁が見えてきます。
ドラマ「白い巨塔」や「相棒」、映画「半落ち」や「県庁の星」などのロケ地としても使われたというご立派な建物です。
まだこの辺りでは7~8キロ地点あたりでしょうか。
友人が沿道から撮影してくれた写真が送られてきました。

まだ元気そうですね。
ここから、ランナーたちは健康ランド「ご老公の湯」や「水戸市植物公園」、ホーリーホックの本拠地である「ケーズデンキスタジアム」を経由して22キロ地点にある「イオンモール水戸内原」を目指します。
ここまで、「イオンモール水戸内原」の手前を走る常磐自動車道と常磐線を超える2か所の高架がある以外にはほとんどアップダウンはありません。
ここから5キロ程度は郊外の開けた田園地帯を進みますが、この辺りから膝が、ハムストリングが、腰が、次々に悲鳴を上げ始めます。
今回は「今度こそは歩かない!」という目標を掲げて挑んだマラソン大会ですが、痛みが容赦なく襲ってくるため、臨時ルールとして「ストレッチなどで停止することは許可」ルールに変更し、よちよちながらも走り続けます。
30キロ地点の前後にゆるやかなアップダウンがありました。この下りが私には一番辛かった!
あまりの膝の痛さに後ろ向きになって坂を下りて行き、無事に痛みを抑えて下りきったのはよかったのですが、下り終わったところで今度は猛烈なこむら返り!!
このセクションでは嫁が子供たちと一緒に応援してくれていました。
その嫁から写真が送られてきました。

周りのランナーたちも歩き始めている中、とりあえず形だけは走っているスタイルを必死で維持しているのがお分かりいただけるでしょうか?
30キロ地点を過ぎ、好文橋を下ると、千波湖外周を一周します。
先ほどあれだけ痛んだ膝や腰ですが、ここでは道路にゴムが張られていて(タータンっていうんですか?)ある程度衝撃を吸収してくれているからなのか、痛みがあまりなくなりました。
一番つらい30キロ過ぎの地点でこれはありがたい、と思いながらもこの辺りでだんだん時間が気になってきます。
走っているとはいえ、ほとんど歩いているのとスピードは変わりません。
腕時計を外して来てしまったのが後悔されます。
千波湖を一周して千波大橋へ向かう途中、千波大橋のたもとの千波湖外周のところに時計が設置されているのを思い出し、走りながら時計を見ると、時間は午後2時25分。走り始めてから5時間25分が経過しています。
橋を渡った先にある第4関門は2時30分に閉鎖されるとのこと。
あと5分で到達できるのか。
そもそも、この屋外の時計はちゃんと合っているのか…
不安が頭をよぎる中、必死で千波大橋のゆるい上り坂を上がっていきます。
橋を渡りきり左へ曲がると、今度は緩やかな下りの先に第4関門が見えてきます。
その傍には漫遊マラソンのブルゾンを着た係員が大きく手を振りながら何か大声でこちらに向かって叫んでいました。
「あと1分で関門が閉鎖されまーす!!」
「…マジすか!?」
必死で動かない足を前に進めます。
…こんなところで強制的にリタイヤさせられたら、何のために38キロも走ってきたんだ!何のために8000円も払ったんだ!!
私がその関門を超えた時、そのそばに設置してあった時計は残り30秒を示していました。
「…間に合った…!!」
私の周りでもぎりぎりで関門をクリアしたランナーたちから自然と拍手が沸き上がります。
後ろを振り返ると、時間を超えてしまったランナーたちを漫遊マラソンのスタッフたちがせき止めている光景が見えました。
ランナーたちは、少し離れたところに停車しているバスに誘導されていきました。
あと一歩遅ければ、その中に自分もいたかもしれない。
本当にほっとしました。
第4関門をクリアすると、トンネルをくぐってあとはゴールに向かって坂を上るだけです。
ゴールが近づくにつれて、多くの応援する人たちが沿道から声をかけてくれました。
本当にこんな最後の最後のランナーがゴールするまで沿道でずっとランナーたちを励ましてくれたのかと思うと、ありがたくて涙が出そうになります。
無事に5時間57分(ネットタイム)で「FINISH」と書かれたゲートをくぐることができました。
普段から配達で走り回っている地域を走ることができたのも楽しかったですが、最後の最後まで車道を通行止めにして走らせてもらえたのもありがたかったです。
ほかのマラソンではたいてい、時間が過ぎると歩道に誘導されてしまうものですが、やっぱりせっかくですので車道を走りたいですし、歩道は走りにくいですしね(まぁ、私がもっと早く走れよってゆー話ですが。。。)。
地元なだけに、沿道やランナーの中に知っている顔を見つけられたのも楽しかったです。
走っている最中に、同じく出走していたイトコとも遭遇。
お互いエントリーしていたのは知らなかったのでびっくりでしたが、健闘を称えあいました(私よりもはるかに早くゴールしていましたが…)。

辛かったけど、やっぱり体を動かすのは楽しい!!
またいろいろなことに挑戦してみたくなった一日でした!!